著者:渋谷英雄(ピースマインド・イープ株式会社臨床担当取締役、臨床心理士)
〜このコラムは中央労働災害防止協会・発行の『心とからだのオアシス』に連載中の連載記事から一部改編したものです〜はじめに
ピースマインド・イープ株式会社では、自殺・災害等発生後の緊急支援として「緊急時ストレスマネジメント」CISM(Critical Incident Stress Management)というサービス提供しています。もともとCISMは、欧米の戦傷などによる後遺症対策から発展したものですが、現在では広く自然・人的災害後の心理的サポートとしてシスマチックに提供されています。これまでわが国でも従業員にかかわる事故が発生すると、その後さまざまなケアを行ってきました。それは職場の非公式なコミュニケーションや、慰霊祭のような行事、また会社行事として仲間と共に神仏に参るなどでした。企業人生活が長い方ほど、従業員同士でお互いの無事と幸福を願い合う場面を経験されていると思います。
しかし今日、商慣行が「早く・短く・少量で」と激変する中で職場風景も変わり、先のよう癒しの場面も設定しづらくなっています。しかしながらそこで働くのは、やはり生身の人間です。いったん事故や災害が起きれば、個々のメンタル面だけでなく、職場の士気低下、全体のパフォーマンスに影響を及ぼします。決してその影響は小さくなく、放置していると長期慢性的な支障を及ぼしかねません。そこで現代の組織風土に沿った形で採用され始めているのがCISMです。
Q&A
Q工場の事故で、従業員が重症となる事故が起こりました。事故後は全社一丸となって設備安全の改善を十二分に行ったのですが、従業員の不安までは拭うことができず、事故後からは職場の覇気がなくなったと思います。メンタル面での対策としてカウンセリングの実施と考えていますが、事故のことをグループで話し合うなどの方法は従業員に受け入られるでしょうか。また、どのような効果が期待されるのかを教えてください。
A
CISMの知識のある方は、事故後のケアとして関係者による話し合いの場面をイメージされると思います。しかし、わが国では欧米で行われているような、事故後にそのことを深く振り返り、感情を語り合う「デブリーフィング」(グループでのシェア)を行うことは多くありません。グループでの話し合いは、感情をオープンにし合う習慣が少ない日本人の心性とは合致しない面もあるからです。私が勤める機関では、デブリーフィングの代わりにリラクセーション指導から始め、事故時に起こりがちなメンタル不調の説明、事故後は誰もが自責感が高まることなどの知識を伝える心理教育コンサルティングを行っています。そしてその後に、カウンセラーによる個別のカウンセリングを行い、健康状況の確認と定期的なフォローを行っています。
また、ご質問の従業員にカウンセリングを受け入れてもらえるかどうかということですが、これまでの私どもの経験からは、総じて事故後は「どう自分たちをフォローしてくれるのか」「会社は本当に心配してくれているのか」など組織の姿勢を見ながらも、組織対応に期待を寄せていることが少なくありません。例えば実際の場面で、カウンセラーが「内容の守秘とは別に、あなたの健康情報を会社に伝えてよいか?」と尋ねると、多くの方が伝えてくださいと返答されます。これは、自分の健康を組織からも守っていてほしいという思いであると同時に、カウンセリングを有効活用していこうという姿勢でもあります。組織としては、まずは物理的な対応を十二分に行い、それと同時並行でメンタル面のフォローを行うことができていれば、特に大きな抵抗感はないと思われます。
なお、カウンセリングの効果としては、?事故後にストレス反応(身体症状など)が生じるのは自然なことであると理解できる、?ストレス反応を長期化・深刻化させない、?悩みを抱え込まないきっかけを作る、?過多の自責感情によるメンタル不調を予防する、そして?組織対応としてのリスクヘッジ(リスク回避や低減)を客観的に行う、などが挙げられます。いずれにしても時間が許された時代とは異なり合理性が求められる時代の中で、効果的かつシスマチックにケアを行うのがCISMとなります。
Q
先ほどの事故時の対応ですが、カウンセリングなどのフォローの必要性は理解できましたが、その他に特に気をつけることはありますでしょうか。また、人事総務部門の役割を教えてください。
A
大まかな流れは図「災害が発生した場合のEAP機関の支援体制(例)」を参考にしてください。最初のポイントは、CISMコンサルタントとの話し合いにより、どこまでの対策を採用するのか、またリスクヘッジはどのラインで行うのかの決定が重要です。実施を伝える際には、カウンセリング前の心理教育資料、そして会社の方針や意向を記した案内文などの配布が必要となります。そしてCISMの対象となる順番は、?事故の第一発見者・目撃者 ?事故に遭った人と親しかった方 ?事故に遭った人の同僚・上司や同期 ?普段からメンタル面でリスクが高いと思われる方、?事故を伝え聞いた方、などとなります。
そして最後に忘れてはならないのは、カウンセリングの対応を行った人事総務部門の担当者へのカウンセリングです。対応に追われている間は、担当者も気が張り不調が表れづらいのですが、間接的であれ事故の具体的な内容を聞いた担当者の心理も相応のダメージを受けています。CISMがひと段落したのち専門家と話す機会を設けることが最終的な出口となります。
さいごに
CISMは必ずしも必要となるメンタル対策ではありません。むしろ企業理念としての人的資源の重要性や、人材活用の考え方を問われる対策のひとつであると考えられます。危機時ほど会社のスタンスが明確に従業員に伝わるものです。あるときのCISMで従業員の方から、「カウンセリングに助けられたのではなく、会社(皆)が心配してくれていることが分かり支えられた」と言われたことがあります。CISMは精神的サポートによるパフォーマンス回復を目指すだけではなく、働く意味、組織の意味を個々人そして組織双方が再確認していく作業であると感じています。参考文献:「職場における災害時のこころのケアマニュアル」 独立行政法人労働者健康福祉機構
(出典:渋谷英雄「メンタルヘルスQ&A vol.6 緊急時ストレスマネジメント(CISM)」(「心とからだのオアシス」第2巻第2号(通算6号)、2008(平成20)年夏号、p. 24-25を一部改編)
▼ この記事の著者

渋谷 英雄
ピースマインド・イープ株式会社臨床担当取締役、臨床心理士
航空会社にてマネジメント経験を重ねた後に、東洋大学大学院、東京大学大学院を経て臨床心理士。現在は企業内外での臨床にたずさわっている。日本オンラインカウンセリング協会理事長。


