著者:渋谷英雄(ピースマインド・イープ株式会社臨床担当取締役、臨床心理士)
〜このコラムは中央労働災害防止協会・発行の『心とからだのオアシス』に連載中の連載記事から一部改編したものです〜はじめに
私は企業内外での経験を活かし、現在、外部EAP(従業員支援プログラム)機関のピースマインド・イープでカウンセラーとして臨床にたずさわっています。実務は、日々のカウンセリングのほか、研修講師や企業分析、EA(従業員支援)コンサルタントへの指導助言が中心です。 ご存知の方も多いと思いますが、外部EAP機関は企業の外側から、従業員と組織を支える役割を担っています。その中では、個々人への支援だけではなく、企業内部の状況と連動した解決、復職制度の整備など人事スタッフの方との連携が欠かせません。このコラムでは専門的な内容だけでなく、実際の事例モデルを題材にしながら、メンタルヘルスに関わる企業人に具体的に役立つメンタルヘルス対策を提供していきます。今回のテーマ
今回のテーマは、「メンタルヘルス情報の取り扱い方」です。数ある人事情報の中でも、特に従業員の健康に関わる情報はセンシティブな事柄です。さらにメンタルヘルス情報になると、人によって受け取り方が多様であるばかりでなく、時には偏見なども入り混じる場合もあり独自の慎重さが求められます。支援する側が良かれと思い行う事柄でもマイナスに受け取られることもあり、経験ある人事の方でも実際の場面になると戸惑うことも少なくありません。多くの方が最初に直面するのが、ご家族の方への対応です。そして内部での情報共有や、また外部では主治医、外部カウンセラーとの情報をどのように扱うかが課題となってきます。 今回は、「家族との連絡」「外部機関との情報」に関する2つのご質問をいただきました。ひとつは、ご主人のメンタル不調の連絡で、家族である配偶者(妻)と企業との情報共有がトラブルへと発展しそうになった事例です。もうひとつは外部機関のカウンセラーとの連携の取り方です。
Q&A
Q地方で1千人規模の製造業を営んでいます。従業員が病気休暇を連絡してきました。本人が言うには、自分の上司ではなく人事と話したいとのことでしたので、その上司から依頼を受け人事と直接に連絡を取ることとしました。電話口に本人が出られず、配偶者と連絡を取りました。窓口となった人事担当者も奥様と意気投合しスムーズに進んでいたと思っていた矢先、本人から「妻に自分のことを細かく知られたのは心外。自分に不利益な情報が妻に渡ってしまった」と言われてしまいました。聞くと離婚を検討している夫婦関係であったそうです。幸いにも謝罪が伝わりトラブルにはなりませんでしたが、今後同じような事態を避けるためにはどのような点に気をつけていけばいいでしょうか。
A
メンタル不調による休みの連絡は、本人以外から入ることが少なくありません。今回のご相談では、まずは家族と良好な関係を築いた人事担当者の労をねぎらいたいと思います。このことは後にも触れますが、従業員対応で最も大切なポイントです。
そのことを踏まえた上で、家族との連絡が主となる場合の基本的ルールは、
・早い時点に、窓口となる家族を本人に指名してもらう
・やむを得ず本人による指名が出来ないときは、家族から確認してもらう
・会社の窓口担当者を明確にし、連絡しておく
・業務の連絡は家族を通じて行わない
・本人がとれる連絡手段(電話、メールなど)を本人に伝えておく
・独身の場合は、入社時の身上書類を確認しておく
・休職時には、定期的な連絡(1ヶ月間隔等)を欠かさない
などです。
また、対応を進める際、「組織として可能な限りの対応をする旨」は伝えた方が良いように思います。安易な約束(時期や金額などの確約)は禁物ですが、最善策を家族とともに検討していくスタンスが家族との連携を進めやすくするコツになります。
なお、個人情報保護を法的に厳密に進めるには、口頭のみならず書面での確認が必要となります。組織規模等を考え合わせ、必要書類を整備しておくことも必要です。 また事例とは異なり、家族から連絡を受けた窓口の者が不誠実でトラブルと発展する例も少なくありません。家族は全面的に本人の味方の立場にあります。組織対応に何ら不足がなくても、家族の心情としては「会社で何かあったのか?」「会社の配慮がもう少しあれば今の事態にならなかったのでは?」という疑心暗鬼がわき起こりがちです。まずは、本人の立場に立った誠実な対応が無用なトラブルに発展させない最重要ポイントです。
Q
本人と連絡を取っても、病状や回復状況などがいまひとつハッキリしません。本人からは診断書が提出されており、主治医の連絡先は分かります。そこで当社の人事担当者から、主治医に電話で本人情報を聞き、本人支援に役立つよう配慮したいと思います。
A
たとえ産業医や保健師、カウンセラーという専門職の立場にある者であっても、本人同意なく主治医から個人情報を得ることは一切できません。これはメンタルヘルスを担当する人事担当者も同じです。また、事務的な確認が必要となる際も、後日無用な誤解に発展しないよう慎重な対応が求められます。 主治医と連絡を取りたい場合は、あらかじめ本人に目的や問い合わせたい内容を伝え、本人からの承諾を得ておく必要があります。そして主治医と連絡をとる必要性を明確にし、主治医との質疑が実りあるものとするためにも、何を主治医に確認するかなどを準備しておく必要があります。取りあえず主治医に会ってみてという程度では、本人支援につながることは少ないようです。またできれば人事担当者から主治医への連絡による情報収集ではなく、本人承諾を得た上で人事担当者と本人が同席で主治医と面談するのが良い対応へとつながりやすいといえます。
さいごに
社内リソースの中で、業務の範疇として本人情報を共有することは比較的トラブルは起こりにくいものです。しかし、外部機関からの情報入手となると話は別で、あらかじめ本人から情報を共有することへの承諾を得る必要があります。外部EAP機関のカウンセリングでは、会社と情報を共有しながら本人支援を行う対応を「マネジメント・リファー(組織からの紹介と連携)」と呼んでいます。外部EAP機関を活用されている企業は、あらかじめその手続きの情報を得ておくと良いと思います。私の勤務する外部EAP機関では、企業と共有する情報に制限を設け、?カウンセリング期間・スケジュール、?相談(問題や悩み)の概要、?カウンセリング経過、?今後の本人希望、?カウンセラーの意見などの情報について共有してよいか本人が選択できるようにしています。いずれにせよ情報の共有は本人支援のみならず、組織対応をスムーズに行う際の重要な資源となります。人事担当者は、役立つ情報と不要な情報を区分しながら、ぜひ外部との連携により企業の判断を支える仕組みづくりを構築していただければと思います。
参考文献:「人事・総務担当者のためのメンタルヘルス読本」鈴木安名著 財団法人労働科学研究所出版部
(出典:渋谷英雄「メンタルヘルスQ&A vol.5 メンタルヘルス情報の取り扱い方」(「心とからだのオアシス」第2巻第1号(通算5号)、2008(平成20)年春号、p. 24-25を一部改編)
▼ この記事の著者

渋谷 英雄
ピースマインド・イープ株式会社臨床担当取締役、臨床心理士
航空会社にてマネジメント経験を重ねた後に、東洋大学大学院、東京大学大学院を経て臨床心理士。現在は企業内外での臨床にたずさわっている。日本オンラインカウンセリング協会理事長。


